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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6624号 判決 1965年2月24日

原告 緒方維人 外五名

被告 株式会社 信用堂 外一名

主文

1、被告らは各自原告緒方維人、同及川弓子、同緒方煕子に対し各金八二一、一四六円、原告緒方照久、同緒方路子、同緒方裕久に対し各金一、六〇八、九五八円および右各金員に対する昭和三六年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、この判決は仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因および抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、昭和三六年一二月二四日午前零時四〇分頃、東京都千代田区神田岩本町一〇番地先路上において、被告小泉は普通乗用自動車(日産セドリツク六一年型、登録番号第五さ七、六七一号、以下「被告車」という)を運転して両国方面から神田小川町方面に向つて進行していたところ、進路前方の都電安全地帯の安全塔に被告車の前部を激突させ、その衝撃で同乗していた訴外緒方鉄次を脳挫傷により同日午前一時五分頃中央区日本橋両国三番地加藤病院において死亡させた。

二、責任原因

(一)  被告会社の責任

被告会社はメリヤス、布帛製品などの卸売を業とし、被告車を所有し、これをその業務のために使用していた。被告小泉は被告会社の被用者であつて販売業務や自動車運転の業務に従事していた。事故前日午後六時頃から被告会社主催の忘年会が上野池の端の料亭「わた井」で開かれ、さらに二次会が浅草新天地のキヤバレー「新世界」で開かれ、訴外鉄次は顧問弁護士としてこれらに招待され、被告会社の社長小日向以下数名の社員の接待を受けた後、招待客として右二次会々場から被告小泉の運転する被告車で自宅へ送られて帰る途中本件事故が発生した。従つて、被告会社は自己のため被告車を運行の用に供する者として、仮に運行供用者にあたらないとすれば被告小泉の使用者として同被告が被告会社の業務執行中後述の過失に基き惹起した本件事故によつて生じた第三項記載の損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告小泉の過失

被告小泉は本件事故現場に差しかかつたときは酩酊のため注意力が著しく散漫になつており前方への注視も困難な状態であつたから、自動車運転者として即時運転を中止し、酔気の解消を待つなど事故の発生を未然に防止すべき義務があるのにこれを怠り、時速約六〇粁で前方注視が不充分のまま被告車を運転し至近距離にいたつてはじめて眼前に都電安全地帯の安全塔を発見したため、急制動も間に合わないで第一項で述べたような事故を惹起させたものであつて、本件事故は被告小泉の右のような過失に基くものであり、同被告は第三項記載の損害を賠償すべき義務がある。

三、本件事故による損害は次のとおりである。

(一)  訴外鉄次の得べかりし利益の喪失による損害金六、〇九〇、三一八円

訴外鉄次は事故当時五五才であつたが、同人は昭和八年京都帝国大学法学部を卒業後裁判官となり東京地方裁判所判事などを歴任して昭和二二年退官し、以後法律事務所を開いて弁護士として稼働していたものであり、本件事故に遭遇しなければ将来なお厚生大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表による五五才の男子の平均余命一八年間は生存でき、右期間弁護士として得られる毎年金八三九、三一一円の収入から年間生計費金一二七、〇四四円(昭和三七年三月現在の東京都標準世帯家計調査報告書中市部居住者の右収入に相応する者の生計費と同額)および所得税金六九、四〇〇円を控除した金六四二、八六七円の割合による純利益合計金一一、五七一、六〇六円を得られる筈のところ、死亡によつてこれを失つた。これをホフマン式計算方法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の一時払額に換算すると金六、〇九〇、三一八円となる。

(二)  訴外緒方武の慰藉料金五〇〇、〇〇〇円

訴外武は訴外鉄次の妻であるが突如として最愛の夫を奪われ幸福平和な生活から一転して寡婦となり、しかも訴外鉄次との間の原告照久、同路子、同裕久の三子は未だ成年に達しておらず将来の生活の不安をも考えるとその精神的苦痛は遺族中最大であつてその慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  原告六名の慰藉料各金二〇〇、〇〇〇円

原告六名はいずれも訴外鉄次の子であつて、一家の支柱であつた父親を不慮の事故で失い甚大な精神的苦痛を蒙つた。その慰藉料は各金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(四)  相続

訴外鉄次の死亡によつて前記(一)の損害賠償債権を、訴外武が配偶者として三分の一、原告六名が直系卑属として各九分の一の割合で相続したところ、訴外武は昭和三七年三月四日死亡したので、訴外武の直系卑属である原告照久、同路子、同裕久が右訴外武の相続にかかる損害賠償債権と(二)の慰藉料債権を各三分の一の割合で相続したから、結局、原告維人、同弓子、同煕子の取得した損害賠償債権は各金八七六、七〇二円、原告照久、同路子、同裕久の取得した損害賠償債権は各金一、七二〇、〇七〇円となる。

(五)  保険金の受領

原告六名は昭和三七年二月自動車損害賠償保障法による保険金五〇〇、〇〇〇円の支払を受け、原告維人、同弓子、同煕子は各金五五、五五六円、その余の原告は各金一一一、一一二円を各自の取得した得べかりし利益の喪失による損害に充当したから終局的に残つている損害額は、原告維人、同弓子、同煕子は各金八二一、一四六円、その余の原告は各金一、六〇八、九五八円となる。

四、よつて被告ら各自に対し原告維人、同弓子、同煕子は前項(五)の各金八二一、一四六円、原告照久、同路子、同裕久は前項(五)の各金一、六〇八、九五八円とこれらに対する損害発生の日である昭和三六年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

訴外鉄次に過失があつたとの事実は否認する。訴外鉄次は自動車の運転については慎重かつ憶病な方であつたうえ、家庭内においては妻武が胃癌の手術後療養中であつて、これに心を痛めており被告ら主張のように軽卒に泥酔者が運転すると知りながらその自動車に乗つたり、いわんや運転中の運転者の肩をたたいたり話しかけたりなどのことをする筈がない。

被告ら訴訟代理人は「1、原告らの請求をいずれも棄却する。2、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(請求原因に対する答弁)

一、第一項の事実は認める。

二、第二項については

(一)のうち、本件事故の発生は被告小泉が被告会社の業務として被告車を運転中のできごとであつたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

被告会社は訴外鉄次に対し忘年会開始前、宴会終了後は被告会社の監査役が社長をしている訴外東京協同タクシー株式会社のハイヤーで自宅まで送るよう手配してあるからいつどこからでも右訴外会社に電話されたい旨申し入れてあり、他方事故当夜は宴会で酒が出るので、社員に対し被告会社所有の自動車の使用を一切禁止し文京区本郷にある車庫に入れさせておいた。しかるに被告小泉が無断で被告車を持出して使用し本件事故にいたつたもので、被告会社に責任はない。

(二)の事実は認める。

三、第三項の事実はすべて認める。

(過失相殺の抗弁)

一、訴外鉄次にも次のような過失があるから賠償すべき損害額につき斟酌されるべきである。

(一)  訴外鉄次は被告小泉が被告会社主催の忘年会に出席して訴外鉄次らと一緒に飲酒し泥酔していたことを知つていた。しかも二次会場である浅草新天地のキヤバレー「新世界」から帰宅するに際し、これも被告会社の当夜の宴会に招待されていたその顧問弁護士の伊藤幸人法律事務所の事務員訴外小池充が泥酔して被告小泉に対し被告車に訴外鉄次および訴外小池を乗せて自宅まで送るよう要求し、被告小泉は酔つているからとてこれを断り、前述の訴外東京協同タクシー株式会社からハイヤーを出させようと申出たところ、訴外小池はこれに応ぜず自分が免許証を持つているので「運転なら俺がする。俺が運転して緒方先生を送るから鍵を貸せ。」などと執拗に要求を続けるので、被告小泉は同訴外人らが同夜の招待客であることなどから断りきれずやむなく同訴外人らを同乗させて被告車を運転することを承諾するにいたつたことを知りながら、被告車に乗車した。

(二)  又、訴外鉄次は事故直前、後部座席から運転席に座つて運転中の被告小泉の肩をたたいて話しかけ、被告小泉の安全運転の妨害をした過失がある。このため被告小泉は視線を訴外鉄次の方へ移し前方に対する注意を払うことができなくなり本件事故が発生してしまつた。

(証拠)<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生による訴外鉄次の死亡)は当事者間に争いがない。

二、次に責任原因について考察する。

(一)  被告会社が被告車の所有者であつて被告小泉の雇主であること、被告小泉が原告ら主張の宴会に招待された訴外鉄次を右宴会終了後自宅まで送るため被告車に同乗させて運転中本件事故が発生したことは当事者間に争いがないところ、被告会社は右運転は被告小泉が被告会社に無断でなしたものであるから被告会社に責任はない旨争うので判断するのに、証人船橋英次の証言によれば、被告会社の社長小日向長嘉は被告会社主催の忘年会が開かれた日の前日、訴外船橋英次、キセ夫婦(キセは小日向の妻の姉にあたり、訴外東京協同タクシー株式会社の社長であるほか、キセ夫婦はいずれも被告会社の役員である)方を訪れ忘年会へ招待した際訴外キセから忘年会の夜は酒も出ることだから被告車を持ち出さないよう注意を受けたことが認められるけれども、いずれも成立に争いのない甲第六号証、甲第九号証、甲第一一号証と証人船橋英次の証言、被告小泉博永尋問の結果によれば、被告小泉としては被告会社々長小日向その他何人からも忘年会当夜被告車を使用しないよう注意されたことはないのみならず、むしろ被告小泉は前から当夜は二次会をやる旨をきかされており、また被告車の鍵を社長小日向から預つていたので上野池の端の「わた井」での一次会が終ると二次会場の浅草新天地のキヤバレー「新世界」まで被告車に当夜の招待客訴外鉄次、同小池および被告会社の従業員二名を乗せて運んだこと、被告会社々長小日向は「わた井」での一次会においてのみならず、「新世界」での二次会においても前示招待客や被告会社の従業員とともに飲酒したこと、被告小泉は「新世界」からの帰りがけに、訴外小池から訴外鉄次を吉祥寺の自宅へ、訴外小池を千葉の自宅へ送るよういわれ、東京協同タクシー株式会社の車で帰つてくれるよう話して一旦はこれを断つたものの訴外小池に「それなら自分が運転するから車の鍵を貸せ。」といわれるにおよんで訴外小池の要求どおりにすることになり、当夜の宴会の幹事役の一人であつた被告会社の従業員訴外井上凱英も訴外鉄次らを送りとどける意味で同乗して二次会場を出発し、本件事故現場にいたつたこと、同じく当夜の招待客で二次会にも参加した訴外般橋英次は帰宅しようとした際、被告会社の従業員に訴外鉄次らを送つた車が帰つてきたらそれで送るからといわれて三〇分位待つたが戻つてこなかつたのでタクシーで帰つたことの事実が認められる。右認定の諸事実によれば、本件事故発生当時の被告車の運行は被告会社が自己のためにこれをなしていたものというべく、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二)  又、本件事故の発生につき被告小泉に原告ら主張のような過失があつたことは当事者間に争いがないから被告小泉は民法第七〇九条の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

三、そこで進んで損害の点について考察するに、原告ら主張のような損害が発生し、相続による取得があり、自動車損害賠償保障法による保険金の支払およびその損害金への充当がなされたことは当事者間に争いがないが、被告らは本件事故の発生につき訴外鉄次にも過失があつた旨主張するのでこの点につき検討する。

(一)  前出甲第九号証と被告小泉博永の供述によれば、被告小泉は事故当夜一次会の「わた井」では午後七時頃から同九時頃までの間に日本酒約一、五合(銚子で二本位)、二次会の「新世界」では同九時二〇分頃から翌日午前零時二〇分頃までの間にビール約二本を飲んだが、当夜は歯が痛くて平素は日本酒五、六合位を飲む同被告としては飲酒量はむしろ普通より少なく、従つて「新世界」からの帰途被告車に乗車した当時それ程酔つたというような自覚は持たなかつたことが認められる。ところでおよそ、自動車の運転者たる者は飲酒酩酊して運転するときは注意力が鈍るほか、ハンドル、ブレーキなどの操作を確実にすることができなくなり事故を起しやすくなるのでかかる行為は法律上も禁じられているところ、これに同乗する者も明らかに飲酒酩酊した者が運転することを知つている場合には、その危険性を考えて、乗車を避けて損害の発生を避けるべき注意義務があり、かかる場合にあえて同乗して損害が発生したときは、損害賠償額の算定につき被害者の過失を斟酌しなければならないけれども、右認定事実にみられるような被告小泉の飲酒時間飲酒量およびその自覚の状態からすると、「新世界」から出て被告車に乗る際の前認定のような被告小泉と訴外小池とのやりとりを考慮に入れても、なお被告小泉が明らかに酩酊して正常運転できないような外見を呈し訴外鉄次がこれを知りながら乗車したということはできず、他に被告らのこの点に関する抗弁事実を立証するに足る証拠はない。

(二)  次に被告らの主張する訴外鉄次が本件事故直前、後部座席から運転中の被告小泉の肩に手をかけたり、声をかけたりしたか否かの点について検討するに、全証拠によるも訴外鉄次が本件事故直前被告小泉の肩をたたいたことを認めるに足る証拠はない。また前出甲第九号証中の記載や被告小泉博永尋問の結果によつても訴外鉄次が本件事故直前に被告小泉に声をかけたと認定するに足らないうえ、仮に声をかけられたとして、それが特別に運転者の注意をひくような言葉、例えば脅迫文句とか、驚かせるような言葉でない通常の言葉である場合は、運転者は進路前方などから視線をそらす必要がないばかりか、このような場合でも視線をそらすなどして前方左右などに対する注意を怠らないようにすべきはもとより安全運転により事故の発生を未然に防止すべき義務があるというべきであるところ、全証拠によるも被告小泉が進路前方から視線を訴外鉄次の方に移すのが当然と思われるような特別な意味を持つ言葉が訴外鉄次から発せられたと認めるに足る証拠もない。

してみると被告らの抗弁は理由がないといわなければならない。

四、以上のとおりであるから、被告らは各自原告維人、同弓子、同煕子に対し本件事故による損害各金八二一、一四六円、原告照久、同路子、同裕久に対し本件事故による損害各金一、六〇八、九五八円とこれらに対する損害発生の日である昭和三六年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告らの被告らに対する本訴請求は全部正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 丸尾武良 梶本俊明)

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